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Phil Walden
デュエイン・オールマンをいち早く見出し、サザン・ロックレーベル
「カプリコーン・レーベル」の創始者,オーティスのマネージャーでも
知られる南部にこだわった人フィル・ウォルデンが亡くなりました。

チャック,ランドールとのショット

R.I.P.  Phil Walden
合掌 
Shelter & Capricorn
南部の音楽にどっぷりつかっていくと、必ずといって、このレーベルの音源にぶち当たります。
シェルター・レーベルカプリコーン・レーベル
両者とも南部に根ざした、アーチストの発信場所であると共に、英国から南部に影響受けたアーチストの交流場の役割も果たしていくのです。
残念乍ら、両者とも現在は、存在しませんが、南部音楽を世界に注目させたといっていい程の役割を果たしました。
また、拠点が、都会でなく、故郷南部というのも興味深いとこです。

前者は、レオン・ラッセルとジョー・コッカーをレオンと引き合わせたデニー・コーデルとタッグ組んで、設立したレーベル。
メジャーで契約出来ない、素晴らしいアーチストの隠れ家(シェルター)的存在をコンセプトに、故郷オクラホマ州のタルサ拠点とし、レオンが作ったL.A.スワンプ・コネクションを発信、そして数多くの英国ロックのスワンプ化の役割を果たす訳ですな。
「バングラデッシュ」でもシェルター勢大活躍でしたな〜。


一方カプリコーンはフィル・ウォルデンという人がジョージア州のメイコン拠点として、立上げます。
このお人、スタックス関連の黒人ミュージシャンのマネージャーで、オーティス・レディングのマネージャーもやってた人。
オーティスのあまりにショッキングな死で、業界から引退しようとしてた時に、ある白人に出会う訳です。
そう、それこそが、先日書いたウィルソン・ピケットのバックで高く舞い上がるギターを弾いたデュエイン・オールマンなんですわ。
この音源を聴いた彼は、真っ先にマッスル・ショールズにデュエインに会いに出向いたといわれてますねん。(まさか、白人とは思いもせずに...)
そして、当時スタジオ・ミュージシャンのデュエインとマネージャー契約を結んでしまうのだから驚き!! 余程惚れこんだでしょうな〜。
そういう訳で、デュエインのバンド作り(オールマン・ブラザーズ・バンド)が始まる訳でもあるのでした。
ちょっと脱線してしまいましたが、あくまで南部にこだわったフィルがオールマン・ブラザーズ中心にサザン・ロックをメイコンから世界へと発信していく訳です。


また、両レーベルから発信されたかっちょええ音源も紹介していこうと思います。

セカンド・ライン
セカンド・ラインと呼ばれるニューオリンズ独特のうねるファンク・ビート。

ニューオリンズという特殊な土地柄のせいか、現地に密着、生活に根ざした音楽スタイルが確立されていますねん。
それは何?かと申しますと、南北戦争含めた奴隷問題やハイチから奴隷船と共にヴードゥー教が入ってき集会で使われる、アフリカ・ビートにテックスメックス等まさに、ごった煮ガンボ状態で、色んな文化交流が盛んであり、また、今回の災害の原因でもあった川の水面が土地より高い事もあり、沼地(スワンプ)やバイユー(水路)が多い事また、特有の音楽が生まれてます。

そして、ニューオリンズ文化であるパレードに使われるブラック・インディアンルーツの現地に根ざした独特なサウンドニューオリンズ独特の音楽=セカンド・ラインなんですわ。

セカンドラインとは、この地に連行された奴隷達の間の宗教(ヴードゥー)からくるアフリカ・ビートから来ており、パレードの先頭(ファースト・ライン)に続き、その後を、バラバラに歩く参加者の事を指してるらしいです。
マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオ
アラバマの3614 Jackson Highwayというシェフィールドの田舎街から60年〜70年中頃にかけて、サザン・ソウルの名曲が次から次へと生まれましてん。
そう、マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオからです。

マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオ

元々このマッスル・ショールズは、地名からとられておりまして、そのマッスル・ショールズという街には、元々フェイム・スタジオが、建設されたのが始まりでして、フェイムのミュージシャンが、後に隣街のシェフィールドにマッスル・ショールズ・スタジオを建設しよったんですわな。

フェイム・スタジオ

ここでも、色々マッスル・ショールズ産のアルバムを紹介してますが、アレサ・フランクリン,ウィルソンピケット,パーシースレッジやキャンディ・ステイトン,クラレンス・カーター等を始めとするartistが、南部の田舎街マッスル・ショールズからSoulを生み出し、注目される事になりますねん。
そのスタジオも時代の波には、勝てなかったのか、今年に入って閉鎖されてしまったんですわ。(涙)
ほんま、残念です。(泣)



マッスル・ショールズの音は、ディープ・サウスな土地に根ざした特有の音が、特徴ですねん。
都会の洗練された(どっちがいいとかと言う訳では、決してありません。)音とは違った、その土地特有なサウンドが魅力的です。
南部には、もちろんマッスル・ショールズ以外にもスタジオが色々ありまして、各々その土地特有のサウンドを放っとります。

例えば、メンフィススタックス
ブッカーT&MG'S,メンフィス・ホーンズを抱え強力なサウンドを作り上げてますな。
そして同じくウィリー・ミッチェルが作り上げたハイ・レコード
アル・グリーン,シル・ジョンソン,アン・ピーブルス,オーティス・クレイこれまた個性的ですわな。
ニューオリンズからはファッツ・ドミノ,ミーターズ,アラン・トゥーサン,ネヴィル・ブラザーズ 始めとしたファンキー・サウンドですわな。
それぞれ土地に根ざした固有の音が発信されとるんです。

もちろんマッスル・ショールズにもフェイム,マッスル・ショールズギャングと呼ばれたミュージシャンが集結してあの音を作り上げとるんですわ。

そして、そのミュージシャンの中に忘れてはいけない男がいます。

スカイドックことデュエイン・オールマンですわ。
彼もまだABB結成前にこのスタジオで日々腕を磨き、小銭を稼いでおりました。(笑)ストラト弾いてます。
デュエインも素晴らしいギター披露しとりまっせ!!

そして、このスタジオへストーンズ,ロッド・スチュワート始めとするミュージシャンが、次から次へとこぞってRECしにきて素晴らしい音源を作り上げていく訳です。
サザン・クロス
サザン・ロックのバンドとかを観てると、よくお目見えする旗があります。
誰もが観た事るのでは?アメリカ南部の旗です。
Lynyrd Skynyrdのステージにも掲げてる事でも知られてますな。
サザン・クロスとかディキシー・クロスと呼ばれるもう一つのアメリカの旗ですわ。

この旗、今まで南部の誇りのような意味合いと思ってたのですが、こないだ本読んで、知ったんやけど、それだけでは無いようなんですわ。

そもそもこの旗、色々進化してこのようなデザインになったようで...
奴隷開放政策により、、北部と南部で、まっぷたつに分裂してしまい、1861年から
5年間に渡り南北戦争(Civil War)が勃発しちゃいます。

その時、南部の11州が正式に南部連合として離脱、離脱はしなかったが、兵士を派遣した2州合わせて13州を星として旗の中のデザインに盛り込みました。
そして、この旗掲げて内戦を戦い抜いた訳です。

この戦争は結局南部の降伏という形で終結され、リンカーン大統領による奴隷解放宣言を出すのだが、結局南部人に暗殺という悲しい結末に終わってしまうのでした。

そして最大の問題点の奴隷制度は、改善される事なく、まして黒人のおかれる環境は厳しくなっていきます。
そして、その黒人達が、集まり、デルタゾーン中心にゴスペル,リズム&ブルース,ジャズが生まれていく訳ですな。

この南部旗は、南部の歴史と誇りであると共に、同時に、人種差別主義の象徴としても見られる複雑な意味合いもあるようです。